演 目
思い出せない夢のいくつか

観劇日時/08.6.22.
劇団名/帯広 劇団・演研
公演回数/Vol.57
作/平田オリザ 演出・舞台監督/片寄晴則
効果・照明/宇佐美亮 大道具/神山喜仁 装置/富永浩至
制作/上村裕子・村上祐子
劇場名/帯広・演研・茶館工房

内実と表現

 92年2月15日に、青年団のプロデュースによる、緑魔子主演のこの芝居を渋谷シードホールという所で観ている。そしてその報告は『風化』第95号に所載されている。
それによると「(要約)『銀河鉄道の夜』をモチーフとした物語。舞台は夜汽車の客席。スターの緑魔子、スターといっても多分往年のスター、いまどき夜汽車でドサ回りするスターも居るまい。しかも寝台車でもないベンチ式座席だ。同行するのは男のマネージャーと付き人の少女。
例によって例のごとく、とりとめのないような延々とした会話。そこはかとないような三角関係のような雰囲気。ジョバンニとカムパネルラの愛の関係が、この三人の関係に縮小されているというのだろうか? 
スターのまどろみの夢の中に出てくる、林檎を齧る少女。しかし何がどうしてどうなったのか、リアルタイムで進行していた舞台の時間は曖昧模糊としたまま突然プツンと幕が降り夢の一片が終わった感じ。まさに『思い出せない夢』であった。
『銀河鉄道の夜』に垣間見た死の彼方の永遠の宇宙と、粘っこい現世の生命のエネルギーを発散させるような緑魔子とのその噛み合いの妙は、残念ながら感じることは出来なかったのである。」
と、主に戯曲と緑魔子との資質の違いによる表現のぎこちなさを書いている。
今度の『演研』の舞台は、表現は誠実にナチュラルではあるが、その内実が見え難い。
演出者は当日パンフで初演時の言葉を書いているが、やはりナチュラルな表現法を強調していて、あとは観客に任せている。マネジャー役の富永浩至も、同じようなことを書いている。スター役の坪井志展は「学生時代の私の夜汽車は、家路に向かっていましたが、今夜の夜汽車は一体どこに向かっているのでしょうか?」と書いている。
だが僕には、それが舞台の上からは見え難いのだ。戯曲の台詞から想像しなければならないとしたら、芝居の表現とは何だろう? と思わざるを得ない。「静かな演劇」とはナチュラルな表現の裏側にある人間のマグマが見えなければ意味がないのだ。
付き人役は金田恵美。
翻って、この小さな工房を自力で造り上げたこと、57回の上演を重ね道内の各都市や札幌・東京などでも何度もの上演をし、平田オリザの信頼も厚い創造力、その行動力と継続力に深い敬意を表するものだ。ここでコツコツと創作活動を続ける力に大いに期待したい。